1997年5月3日 熊本県中央部 某所 ダムサイト   雨の中、やっとテントを設営。 ダムサイトの灯りが遠くにぼんやりと見えます。

昨日に続き今日もまたずっと朝から降り続いている。雨の中をあちらこちらと走り回り、最後に椎葉村から椎矢峠をこえて内大臣橋に着く頃にはもう夕方近くになっていた。

地図を広げて野宿に適していそうなポイントを探す。 お目当てはダムである。
地図だけを見ていると、山間部は何処でも泊まれそうに見えるが、実際に探す段になると整備されたキャンプ場を除いて意外と適地は少ない。
傾斜がきつかったり、地面が荒れていたりしてほんの僅か畳み一枚分の平地を見つけるのにも案外苦労したりする。

そんな時には私はいつもダムを探すことにしている。 ダムには巨大な水平面があり、その周辺にはダムのない山に比べて平らな地形が多い。 もちろん例外もあるが、今日も運良くダムの上流に比較的広い原っぱを見つけることが出来た。

時間は午後5時を少し過ぎている。少し早いがここに決める。
余談では有るが、野宿のもうひとつのコツは最初のチャンスを逃さないことである。 ”まだ少し時刻が早い”、”もう少し快適な所”、と欲張って走っているうちに、次第にあたりが暗くなってきて、結局心細い思いをする羽目になるからだ。

全体のスペースは申し分なく広いのだが、なにせ連日の雨で地面はグチャグチャ。何とか水の溜まっていない草地を見つけ、そこにテントを設営した。

今日は一日中雨で、おまけに山間地走行が多かったのでろくに食事もしていないし、買出しも出来なかった。 しかたがないので非常食を開けて食べる。
雨で気温が低いうえ、温かい食事が取れなかったので少し肌寒い。 明日の予定をチェックしてすぐに寝袋にもぐり込んだ。

「 ザク...」  「ザク... 」  「ザク...」

雨とは異質な音に目を覚ます。
「何だろう?」
いつもなら目覚めたと同時に習慣的に時計を確認するのだが、このときはそれをしなかった。 だから正確な時刻は判らないが、おそらくもう深夜に成っていたはずだ。

ザク...ザク...、というゆっくりとした音の間隔と、”ザッ"、 "クッ”というはっきりとした音節は、誰かが砂利の上を忍び足で歩いているように聞こえる。

かなり近くに聞こえるが夜間は音が伝わりやすい。
「どこから聞こえてくるのだろう?」 ここから対岸まではかなり距離がある。
もし対岸に人がいたとしても、雨が音を吸収して相当大きな音を立てても聞こえないだろう。
仮にその人間が深夜に雨の中を散歩する趣味があったとしてもだ。

「この原っぱから聞こえているような気がするなァ。」
「しかし何かおかしいぞ。」

地面は連日の雨でグチャグチャになっており、普通に歩けばバチャバチャと水を撥ねる大きな音がするはずである。 また逆にゆっくりと歩けば雨音に消されて殆ど音は聞こえないだろう。
また水溜り以外の場所はといえば、自分のテントから後方山寄りの傾斜地しかないが、そこは雑草に覆われており砂利などはない。

「 ザク...」  「ザク... 」 「 ザク...」  「ザク... 」

まるで乾いた砂利の上をしのび足で歩くような音は、先程よりさらに大きくなってきた。
どんどん近づいてくるようだ。 もうほとんどテントを叩く雨音と同じくらいハッキリと聞こえる。
しかし距離感がつかめない。 遠くでもあるようでまたすぐ目の前のような気もする。

「ファスナーを開けたら誰かの足がテントの外に立って居いるかもしれない。」
「中に入ってきたらどうする?」
不気味な想像を振り払おうとするが頭から離れない。

「 ザク...」  「ザク... 」

今回はかなり長時間にわたり音が聞こえていたが、正直いつ終わったのか全く判らなかった。
また実際どれ位の時間外の様子を伺っていたのかもハッキリしない。
じっと耳をすます内にふと足音が止んでいることに気がついた。

「......」

幸いにも明け方には雨は上がっていた。
あれ程近くに感じたのにテントの周りを調べるが何処にもそれらしき痕跡は無い。
昨年に続き2度目の体験だが、昨夜は時間が長かっただけに考える間が十分あり、よけいにリアルだった。


<出来事>「怖い話」へ戻る>
<お泊り場所>「緑川ダム」へ戻る